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吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

カメラの重さ
 カメラの重量がこたえるようになった。撮影には最近ニコンD1Xを使うことが多いのだが、原稿に銀塩カラー・ポジフィルムが必要でニコンF4にF2.8・21−F4・60ミリのズームレンズを付けて1日持ち歩いた。

 35ミリカメラがこんなに重かったのかと改めて感心してしまった。D1Xだって同じように重いのだが、このカメラはほとんど三脚にのせて使うような撮影に使っているのであまり気にならなかった。

 重さだけでない、大きさだ。私は手が大きいのであまり大きさを気にしたことはなかったが、大きさも手になじまない。風邪を引いて、体調が完全に戻っていなかったせいもあるのだろう。どうも自由にカメラが操れない。

 体力にそぐはないのだろう。こんなことからカメラの大きさ、重さのことを考えさせられた。じつは去年のことだが写真学校専科の卒業生でときどき写真を見ているグループのメンバーで大変面白い経験をした。これはメンバーの女性のことだ。

 写真学校では原則として、はじめの使用カメラは一眼レフカメラであること、50ミリレンズをつかって写真を撮ること、カメラは焦点を合わせるのも露出を決めるのもオートにたよらずマニュアルでやることになっている。

 専科は、1週間に2日か、土曜日1日の授業で、しかも1年で終了する過程だから、ほうぼうにあるカルチャーセンターの講座に近く、入学してくる人も年配の方、お勤めをしている若い女性など大変にバラエティに富んでいる。このクラスではカメラのマニュアル使用を練習はするが強制はしない。

 この専科修了の女性は授業に熱心で、初心者には難しいと思われるマニュアルでの撮影もマスターして、大変にうまい写真を撮るようになっていた。1年間勉強して卒業してからもグループをつくり2、3ケ月に一度、写真を見てもらいに私の所にやってきていた。

 彼女は一眼レフカメラが機能的にも優れ、作品を作る上では必要やむをえないものと思っているから、ずっとこれを使ったきた。ところがある段階で、彼女が撮る写真がつまらなくなってきた。現像されたフィルムを見ると、あきらかに一時期より撮影枚数が減ってきている。

 聞いてみると、どうもカメラが重荷になっているようだ。カメラの大きさ重さが、どうのも堪えられなくなってきたいというのだ。

 海外旅行に出かけるときも、はじめは一眼レフカメラに交換レンズ二本くらい、それにストロボなどを撮影バッグに入れて持ち歩いていたが、交換レンズが重いのでレンズをズームに換え最小限の撮影用具を持ち歩くようにしたが、一眼レフカメラのボディそのものが重い。

 使っているうちになじむと思う一眼レフの大きさだが、考えて見ると女性にとって大きすぎる。撮影対象に出会ったときには、すでに疲れてしまっていて、どうも写真を撮る元気がなくなってしまうようだ。

 たしかに今の一眼レフは、大きくなりすぎたし、重すぎる。他人様よりはかなり大きい手だと思っている私がもてあまし気味なのだから、華奢な身体で手も私に較べて随分と小さいじょせいが、そう感じるのは無理のないことかも知れない。

 そんなことで、彼女にコンパクトカメラを使ってみることを薦めた。コンパクトと言ってもズームレンズ付きではなくて、固定焦点広角レンズ付きだ。これを薦めようと思った理由は、写真月例会などでおつきあいしているアマチュアカメラマンのかたで、この手のカメラをつかっていい写真を撮る人たちがふえてきたからだ。

 あるグループで、一人のカメラマンが富士(FujiFilm)のKLASSE(クラッセ)を使い始めた。この人はベテランでオート機構を使わずに写真を撮っている。このクラッセはあるコンテストでの賞品でもらったものだった。

 海外撮影旅行にいったとき記念写真を撮るのに使おうと思ってこのカメラを持って行った。目的の都市の一つに着いたとき、疲れて今日は見物だけにしようと思い、一眼レフカメラをやめてクラッセ1台で街にでかけた。

 同行のカメラマン仲間はみんな重装備で出かけるので、いささか頼りない思いがした。ところが重いカメラから解放され、今日は遊びという気持ちで撮影をはじめたら、いままで味わったことのない気持ちで撮影している自分を発見する。

 このとき撮影した写真を帰国して作品に仕上げたら、仲間たちがびっくりするような出来だった。カメラが軽いのでブレとレンズの鮮鋭度が心配だったが全くの杞憂、このときの作品が自分の写真を変えてしまった。

 これに驚いて写真仲間たちがクラッセやリコーの広角28ミリ付きコンパクトカメラGR1vを競って買った。このグループでは高級コンパクトカメラと言われる固定焦点レンズ付きのカメラが大流行した。

 あるときこのコンパクトカメラだけでの撮影会をグループでやった。お年寄りグループのもたもたした行動が一変してフットワークの良い若者のようになったという。風景撮影などでは一眼レフに三脚は常時携行だから確かに重荷だ。

 こんなことがあって、コンパクトカメラの効用の実例があるものだから、お嬢さんにリコーのGR1vを薦めた。定価は10万円近くするし、実売でも8万円ほどだ。同じ値段ならばコンパクトでズームレンズ付きに食指が動いたようだったが、これを買った。

 このお嬢さんは海外旅行にGR1vを持って行った。一眼レフカメラも持って行ったが、このコンパクトカメラを使い始めて見るっと、この気軽さの魅力には勝てず、その撮影旅行ではもっぱらこのカメラをつかったそうだ。

 旅行から帰り、写真を見てくださいと言って現像の上がったフィルムを持ってきた。驚きました。とても同じ人が撮った写真とは思えないくらい写真が変わった。迫力のある上手い写真に変わっている。しかもシャッターチャンスがいい。

 多分それまでも良い写真を撮ってはいたが、一皮も二皮もむけた感じになった。

 このお嬢さんをはじめ、コンパクトカメラを使い始めたグループの写真を見ていて感じたことは、コンパクトカメラに持ち替えて効果が上がるのは、一眼レフカメラを徹底的に使っていること。言い換えれば一眼レフカメラを使いこなしている人ほど効果が上がることだ。

 初心者に使いやすいからと言って広角付き高級コンパクトカメラを薦める気はない。ある修練を果たした人にだけ通じることのようだ。