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吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

デジタル写真術
 2003年の新年おめでとうございます。

 21世紀になってからのデジタル写真の発展はすさまじいものでした。あっという間の大変化、大躍進です。新聞の写真がデジタル化したと言って大騒ぎしたときから何年も経ってはいませんが写真一般のデジタル化はすさまじいものでした。

 つい2、3年前写真学校にくる企業の求人募集条件に、デジタル写真ができる人とか、フォトショップが扱える人という条件がのっていましたが、今年4月新卒の求人情報にはそんな記載をしているところはあまりないそうです。

 私の友人は、そのことについてデジタルと大騒ぎしているけれど、デジタルカメラの扱いと言っても普通のカメラと根本的には違っていないし、編集上あるいは印刷のために写真をデジタル化して入稿するにしても、大して難しいことではなかった。

 コンピューター上でフォトショップで画像を処理するにしても、そんなことは誰か先輩がいれば一月でできるようになってしまう。はじめはデジタルだと言って大あわてした。これは現象としてはたいしたことなのだけれど、実際に作業の手順として考えるとたいしたことではなかった。

 だから編集関係、印刷関係、広告業界、写真を扱っているところでは結局、本当に写真がわかる人、しっかりと写真ができる人材が必要ということに戻った。パソコンはほとんど誰にでも扱うことができるが、写真のことがわかり、実際に写真が撮れることのほうが難しいし、大事だとわかってきたからだ、と言っている。

 それだけパソコンを扱うことが一般的になってきたと言うことでしょう。話はちがうが『デジタルカメラの使い方』に関連して入門書がほうぼうで企画されたらしい。私の友人にも、そんな話があって原稿を書きはじめたが、デジタルカメラだからといって、いままでの銀塩カメラと変わるところがそうあるわけではなく、あまり気がすすまないでいたら、出版社のほうから、どうもデジタルカメラ関連の入門書は売れそうもないので計画延期しますと言われたそうだ。

 デジタルカメラを買う人はたくさんいるけれど、これは実用写真の分野で活躍しているのであって、まだ趣味の世界までは浸透していないと言うことかも知れない。いや趣味の世界にはと言う言い方は間違っているのだろう。カメラの使い方が変わってきたのだ。

 書店に行ったら、大西みつぐさんの『デジカメ時代のスナップショット写真術』新書判が並んでいた。奥付は11月20日発行になっている。早速買って読んだがデジタル時代の写真術であって、デジタル写真術ではなかった。

 この本は、最新のスナップ写真術ということだ。巻末に20ページほどデジタルカメラをどう使うかと書かれている。ここで参考になったのはデジタルカメラを使うときはカメラの画質モードにこだわりなさいと書いてあることだった。

 これはデジタルカメラにしかない機能で、私の知り合いのご婦人はそんな選択があることなどしらず、カメラを買ったときの低画質モードのままつかっていて、デジタルカメラはいくらでも枚数が撮れるといって喜んでいた。

 こんなことを書いていけば、デジタルカメラのに入門書ができると思ったが、考えてみるとこのご婦人のような人たちは、写真の撮り方など書いた入門書など買わない人たちなのだ。

 どんなデジタルカメラを買ったらよいのか、学生やアマチュアカメラマンなどある程度の写真家経験者に聞かれたときは、デジタルカメラと銀塩カメラの違いは、デジタルカメラはカメラを買うことでフィルムまで一緒に買うことだと言ってきた。

 銀塩カメラでは粒状性の良い画質で精密描写ができるフィルムを買えば、高級一眼レフであろうが低価格のコンパクトカメラであろうが、これを同じように使うことができ、その性能を利用できる。

 デジタルカメラでは何万画素クラスのカメラと分けられていて、一度カメラを買ってしまったら、画質に関してはその決められた画素数の範囲でしか変わらない。言い方を変えれば銀塩カメラでは、撮るもの表現、写真の使われ方によって、そのときどきでフィルムを買い換えればよいが、デジタルカメラではカメラを買うときに、何を撮ってどんな目的で使うのかを決めて買わなければいけないことになる。

 もちろんほとんどのデジタルカメラでは何段階か画質モードを選ぶことができる。しかし、それはきめられた画素数内でのことだ。だから大西さんが画質モードにこだわるべしと言っていることは、カメラを選ぶときから必要なことである。

 デジタルカメラを使っている人をみて、変わったなあと思うのは、ファインダーの見かただ。銀塩カメラの経験の少ない人ほど、ファインダーをのぞかないで、カメラ裏面の液晶画面を見て写真を撮る。

 デジタルカメラを使う人は一眼レフタイプのカメラよりコンパクトカメラスタイルのものが圧倒的に多いから、焦点を合わせることを気にする人は少ない。オートフォーカスはあたりまえのことだ。ピントが合っているかどうかなど気にすることはない。

 小さな液晶画面では焦点が合っているかどうかはわからない。切りとったフレームだけがわかる。それで十分なのである。だからこの液晶画面をいかに上手に利用して撮るかがデジタルカメラ写真術の一つになる。

 最近、写真撮影で変わってきたことは自分を撮るということだ。私は写真を撮り始めて50年以上経つが考えてみると、自分のカメラで自分を撮影したことは数えるほどしかない。10回に満たないだろう。

 大体カメラは自分以外の空間内の現象、事物、人を撮るものだった。もちろんセルフタイマーがついたカメラは随分昔からあるから多分何回かは、自分を撮ることを経験しているが、それだからといって自分を撮るためにカメラを買う人はいないだろう。

 女の子、ギャルたちが友達同士撮ったり撮られたりが楽しみでカメラを持ち始めて、7、8年になる。あれは盛り場に設置されたプリクラ(プリント倶楽部)からはじまった。自分の写真や友達と一緒の写真のシールを作るのが目的だった。

 あれから自分で自分を撮影するという習慣ができたのだ。プリクラからポラロイドカメラへと流行は写って、友達と写真の撮りっこをしたり、とにかく撮ったり撮られたりがゲームになった。

 そうしてケータイだ。カメラつき、話をしながら自分の写真を相手に送れる。相手の顔も見られる。カメラつきケイタイが人気である。写した画像は10万画素から30万画素くらいだが30万画素といえば初期のデジタルカメラが大体30万画素くらいだったから驚いてしまう。

 ケイタイの売り場で人気機種を聞いてみたら自分の顔を撮るとき自分が見えるようにレンズの方向にも液晶画面がついているものだそうだ。最新機種ではカメラが2つついていてそれぞれに液晶画面があるものまでできている。

 こうなってくるとプリクラ世代以降の若者たちは男も女もカメラは自分を撮る道具だと考えるようになっても当然だろう。

 この世代はデジタルカメラ世代だ。銀塩カメラの経験なし世代になるかも知れない。自分を撮るという機能を考えたら、三脚に乗せてセルフタイマーでなどという面倒なことは考えられない。

 手を伸ばしてカメラを自分のほうに向けて撮る。このとき、いまのカメラではレンズの方向が自分の方を向いているだろうと、かなりいい加減に当て推量で撮る。そう考えてみると次のカメラはケイタイと同じようにレンズを自分の方に向けたとき自分が見える液晶画面つきで当然だ。

 渋谷で少年たちがカメラを自分のほうにむけて写真を撮っているのを見た。そんな撮り方をやったことがないから気がつかなかったけれど、左手でカメラを持って構えるんですね。撮っている少年たちはカメラを渡して一人ずつ自分で自分を撮っていた。

 キヤノン、ニコンは抜かりがない。キヤノンは中級機のパワーショットG3と901Sにニコンも中級機のクールピックス5000と5700の液晶画面はぐるっとまわしてカメラ前面、つまりレンズ方向から液晶画面が見える機能を取り付けている。

 初級機では10月発売のペンタックス・Optio330GSが液晶画面を180度回転させてレンズ方向からモニターを見ながら自分の顔を写せるようになっている。

 液晶モニターが前面から見える機構を欲しがるのは初級機を買う人だから、いずれこの機能を付けた初級用カメラがたくさん売り出されるだろう。シャッターボタンを2カ所にして右手でも自分を撮れるように工夫するかも知れない。

写真説明(1)ペンタックス・オプティオ330GS
希望小売価格6万円だから初級機とは言えないかも知れないが180度回転の液晶モニターを売り物にしている。

写真説明(2)ドコモ ムーバP504is
有効画素数11万画素。外側には標準レンズ、内側には広角レンズの2個のレンズをつかっている。ワンタッチ切り替えで撮影できる。内側レン ズでは自分を外側レンズでは目の前の空間を撮影するのに便利だ。