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吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

失敗の話つづき
 カメラを構えて撮ろうするが、シャッターが動かない。こんな経験は、写真をやっている人なら何度かおありのはずだ。写真を撮っている年数が長ければ、それに比例してこの回数は多くなる。

 原因はいろいろあるが、カメラ自体が故障で動かなくなることもあるし、撮影者本人のミスであることもある。カメラの構造上の欠点である場合もあるし、フィルムが36枚取り終わっていてということもある。カメラにはそれぞれに癖のようなものがあって、これを知らず使っていると、突然に動かないと言うことが起こる。

 また新しいカメラを買って、カメラの機能をよく知らないで使っていて、大事な写真を撮ろうなどと言うときに、この失敗が起きる。私のいた写真部の先輩には、いろいろな人がいて、人の生き方をまじめに教えてくれる人もいたが、当然のことだが写真の技術、心構えのようなことを教えてくれる人が圧倒的に多かった。

 或る先輩は「仕事には絶対に新しいカメラを使うな、新しいカメラを使うときは最低でもフィルム20本撮ってから仕事に使え」とかなり厳しく言う人がいた。こんなことは十分わかっているつもりなのだが、新しいカメラを使う、わくわくするような気持ちに負けてテストもせずにカメラを仕事にもっていってしまうことが多い。

 この失敗はやってしまうことがあったではなく、今だにつづいている。デジタルカメラを使い始めた初期のころは、記念写真を撮るのに持っていって1枚シャッターを切って次を撮るまでに時間がかかり随分とシャッターチャンスを逃した。

 数年前の成人式の日、澁谷公会堂に集まってくる新成人の男女を撮りにいった。この日は寒い日でみぞれ交じりの雨がふったりした。そのときは手に入れたばかりのオリンパスE−10を持っていった。このカメラは単3電池で動かすのだが、寒さですぐ動かなくなった。

 予備用に持っていった電池を替えるのだが、すぐ電池がドロップしてしまう。2、3枚撮影するとまた動かなくなってしまう。予備の手持ち電池が全部なくなって、公会堂の前にあるコンビニに電池を買いに走った。

 デジタルカメラの電池が寒さに弱いと言うことは知っていたのだが、このときは改めて経験した。この日は結局、満足に写真は撮れなかった。仕事でなかったからいいようなものだが、これが仕事だったなら、プロの写真家は落第である。

 1974年にアメリカに野生動物の取材にいった。アサヒグラフ編集部にアメリカの商務省から、アメリカ国内の野生動物保護の現状を見る希望があるならば、ヨーロッパの4カ国の取材チームと一緒に案内をするという知らせが入った。

 日程を調べてみると、フリーの取材では、とても行けないようなところばかりだった。この取材に行くことになった。この旅行(トレッキング)は山地や、砂漠地など大変にワイルドでアドベンチャーをともなうエックスプローラーであるから、大登山とは言わないが、そのつもりで装備、準備をしてきて欲しいと言うことだった。

 山登りはかなり経験があったからこっちの準備はいいのだが、どのカメラを持っていくかで迷った。車で行けるところまで行くが、目的地まで徒歩のことが多いと知らされたので撮影機材は出来るだけ軽くしなければと思った。

 普通ならばニコンFを持っていくのだが、このときはまだニコンF3は発売されていなかった。F2は結局使わなかったからFの時代である。そのときニコマートFTNのことが、頭をよぎった。ニコマートは1965年に最初の型が発売されていて、私たちの写真部の仲間ではニコマートに105ミリレンズを付けて露出計がわりに使うのが流行した。

 たしか1967年か68年にニコマートは改良型が発売されて、それまでTTL測光で画面全体の平均を測る方式であったのが、中央部重点測光に変わりこれによる測光が大変精度が良く重宝していた。

 このカメラの良いのはニコンFをモーターつきで使うのに比べてかなり重量が軽いことだった。巻き上げモーターなど、いまでは当たり前のことだが、そのころはモーターを使うのは連射する目的よりは、巻き上げにモーターをつかうとブレないというのが理由だった。

 ニコマートは始めは露出計替わりであったが、カラー撮影に使ってみると露出は正確だし、写った写真はニコンFで写したものとそう変わりはないと感じていたし、プロのカメラマンの間でも評判が良かったから、この取材にはニコマートを使おうと考えた。

 そんな理由で出発前にニコマートFTN2台を購入した。出発まで毎日のようにテストをした。ニコンFに比べてみると、巻き上げが少しガリガリする感じがあり、これが気になったが、フィルムの巻き上げのに差し支えがなかった。

 欠点と思われたのは撮影した一齣と一齣の間隔がそろわないことでこれは少し気になったが、他にはとくに欠点と思われるようなことは何も発見出来なかった。

 同行するアメリカ商務省の担当者二人と、英国のムービーのチーム、フランス、ドイツ、カナダの雑紙ジャーナリストという混成の取材陣がフロリダのジャクソンビルの空港で落ち合った。

 最初の取材地はオケフェノキーの野生保護区であった。オケフェノキーは州立公園で観光地、キャンプ地として有名なところであったから、スワニー河の源流にモーターボートで出かけたりして、のんびりと観光旅行の気分で取材をした。

 そのあと、モンタナ州のバイソン保護区、アラスカ、アリゾナと取材をした。撮影旅行を続けているうちに、肝心のときになるといくら頑張ってシャッターボタンを押しても、シャッターが落ちないことが起こってきた。

 そのためにシャッターチャンスを逃してしまうことが、しばしば起こってしまう。野生動物が相手だからシャッターチャンスを逃すと仕事にならない。初めは原因がわからなかった。

 何故この瞬間と思うときにシャッターが金縛りにあったように動かなくなってしまうのか、この原因はアラスカでチャーターした飛行機に搭乗して撮影しているときにわかった。コデアック島のそばの小さな島の群れているトドの大群を見つけた。撮影しようと思ってパイロットに島の周りを旋回してくれと頼んだ。

 すこし張り切って、窓にカメラのレンズを近づけ、撮り始めるとシャッターが落ちない。かなり慌ててしまった。カメラの故障だと思い、ボディを交換してみるが駄目だ。こりゃー弱ったなあと思い、撮影の構えから手元において、シャッターを押してみるとシャッターが切れる。

 なんのことはない。カメラの巻き上げレバーにかかっている親指をはずしてシャッターを押すと切れるのだ。レバーに手がかかって少しでもロード(荷重)がかかるとシャッターが落ちないというきわめて単純な理由である。次のシャッターチャンスを欲張って、次のシャッターを素速く切りたいと思うものだから、巻き上げレバーに指がかかってしまうのである。

 これがシャッターが切れない原因であった。出発前にテストしたときには、急いで次のシャッターを切ろうなどとは思っていないから、そんなテストは考えても見ない。やはり或る期間使ってみないと気がつかない構造上の欠陥だろう。

 カメラメーカーだってこんなことが欠陥だと言われたら心外なのだろう。巻き上げレバーに指をかけたままシャッターを押すなどとは考えてもいないことかもしれない。

 アメリカから帰ってニコンの担当者にこのことを言ったら、このカメラはプロ用ではありません。一般の人は巻き上げレバーに指をかけてすぐ巻き上げようという人はほとんどいません。と言われた。

 この癖はどうやらライカやニコンS、キャノン4sbなどレンジファインダー・カメラを使っているうちについた撮影者の癖である。その後、知り合いのカメラマンに何人か聞いてみたが、レバーに親指をかけたまま撮影するという人が大部分だった。

 考えてみると、今はほとんどのカメラがシャッターを切ると自動的にフィルムを巻き上げるシステムのカメラだから、こんな話は理解できないかも知れない。

写真説明
(1)ニコマート
(2)アメリカの野生動物保護が掲載されたアサヒグラフ1974年8月30日号の1ページ