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吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

ニコンFからニコマートへ
 ニコンFがでてからもう何十年たったろう、Fは五代目F5になっている。一機種10年でもう50年である。ニコンFは確かにいいカメラであった。だから半世紀にもわたってカメラの寿命が続いたのであろう。ニコンがFからF2に変わったとき、小型カメラは一眼レフの全盛時代になっていたのだが、F2の評判はあまりよくなかった、と言うよりはあまり話題にならなかった。Fの評判があまりに高かったためにかもしれない。

 ニコンFが60年代、F2が70年代、そうしてF3が80年代のカメラと言われているが、実際にはFが70年代半ばまで一眼レフカメラの王座をほかのカメラにに譲り渡さなかった。今になって思うとFの後継機種であるF2もいいカメラであったのだが、人気がなかった。

 私はF2が発売されたときこれを買わなかった。理由の一つはニコンFで間にあっていたということがある。もう一つの理由はニコマートが発売されたからだ。ニコマートFTは1965年の発売である。30年以上も昔のカメラだからあまり知っている人もいない。ニコンFように日本光学のフラッグシップ機でもなかった。ニコンFのように名器だなどと騒がれることのなかった普及型のカメラである。

 ところがこのカメラがプロの写真家や、雑誌の仕事をしているカメラマンたちからニコンFの補助機種として並行的に使用されるようになる。サブカメラという言い方があるがこれはメインカメラに対しての補助的な役割を果たしているカメラのことである。最近はニコンのF4あるいはF5をメーンカメラにしているプロのカメラマンはニコンのFM2をサブカメラにしている。

 FM2はマニュアル機能のカメラである。電池は露出を計るために使っているが、電池がなくなってもシャッターは切れる。電池がなくなると動かないいわゆる電気カメラではない。サブカメラの条件はメインカメラに性能では劣っているかもしれないが、電池がなくても動くとか、堅牢であるとか、何らかの特徴を持っているカメラである。

 アマチュアの場合はコンパクトカメラをサブカメラとしている人たちもいるが、プロの場合には、当然のことのようにメインカメラと同じ交換レンズが使えなければいけない。

 ニコマートはニコンFのサブカメラとして使われた。この理由はニコンFが持っていないTTLの露出計が使えることであった。ニコンFを使っていた私たちの写真部にニコマートの見本が持ち込まれたとき、私たちはこんなオモチャみたいなカメラは使えるかといった。露出計は必要ないよ、ともいった。

 私たちの写真部に試用テストカメラとしておかれたニコマートは、ニコンFに比べてみれば、使われている材料のせいか質感が劣っていた、手触りが悪かったし、フィルムを巻き上げるレバーの動きもぎくしゃくとして引っかかるようでたよりなかった。ニコンF を一級品とするならばニコマートは二級品という感じであった。しかしテスト撮影をしてみて驚いた。

 それまでTTLの露出計というものを使ったことがなかった。今ではTTL測光と言うことは当たり前のこともあるか、当時は新しい技術を象徴するように聞こえ新鮮であった。TTLなどという言葉はこのカメラができて初めて聞いた言葉だったかもしれない。余分のことかもしれないが、TTLとは throuh-the-lens (スルーザレンズ)あるいはthrouh-taking-lens(スルーテーキングレンズ)の略で、レンズをやを通して入ってくる光を測光する仕組みであった。

 私はこのテスト機にカラーフィルムを入れて使って見た。現像ができあがってフィルムを見て驚いた。実に正確な露出なのだ。反射測光方式の露出計を使っても、入射測光の露出計を使ってでも、とても難しいと思われるような条件の時の露出が正確なのである。特に望遠レンズを使ったときの露出が正確であった。

 はじめニコマートを見て露出計はいらないよといったのは、自分はプロなのだから別に露出計を使わなくても、自分の経験と感で露出をきめることができます、と言うような自負心があったからだ。そんなことを言っていても実際の撮影ではカラーフィルムのラチチュードの狭さには泣かされていた。はっきりいえば正確に露出を計ることの難しさは身にしみるほど知っていた。

   通常は露出を計るのにウエストン・マスターと言う米国製の露出計を使っていた。ウエストン・マスターは入射光でも測れるが、一般には反射光を計る方法で使った。反射光測光方式の欠点は撮影する対象の反射率がちがうと当然、露出計の針の振れ具合はおなじ光の状況でも計る対象物の反射率によってちがってくる。

 反射光を計ると言うことではTTLで計ってもウエストンマスターで計っても同じことであるのだが、レンズを通してはいってきた光を、写す画面で計るTTL方式の方が正確になる。この正確さが驚きであったのだ。

 最初のニコマートFTでは、ファインダー接眼部の両脇にCds受光素子をつけてレンズ解放で測光した。はじめはレンズを通して入ってくる光を計るという意味がわからなかったが、説明されてみるとこの方が合理的で正確であろうと言うことはわかる。

 繰り返しになるがニコンFを一流品とするならば、ニコマートはいわば二流品である。私たちの写真部にも頭からニコマートを馬鹿にして使わない人たちがいた。私はその露出測光の正確さでニコマートを買った。実は写真を撮るためではなかったのである。ニコマートを露出計として使用したのだ。

 これは私一人ではなかった。出版写真部にいた私の若い仲間たちのほとんどがそうしたのである。私のいたのは出版写真部である。雑誌の仕事をしていた、昭和四十年代になって雑誌の仕事はカラー写真が多くなった。撮影は35ミリカメラとは限らない。中判のブローニー・フィルム(120フィルム)カメラを使うこともあったし、4×5判のフィルムを使う大型カメラの仕事もたくさんあった。

 ルポルタージュ写真で小型35ミリカメラを使うときも、スタジオで大型カメラを使うような場合も、いずれもニコマートを持っていくのである。ニコマートはいろいろ試してみた結果、105ミリのレンズをつけて使うようになった。露出計として使うのにはこれが最適であった。

 昭和四十年に発売されニコマートも最初のFT型は、レンズを通して入ってくる光を、全面で測光した。ファインダーに写る全画面を計る平均測光であった。全面平均測光は広い風景などをとるときには都合がよかったが、テーマがあって何かを主体としてとるときにはその対象物をはっきりと撮る必要があったから、対象物に露出があわなければいけない。そんなことから105ミリのレンズが選ばれたのだと思う。

 ところでTTLの測光方式であるが、ニコン・日本光学が始めたわけではない。昭和三十八年、東京光学からはトプコンREが発売になって、このカメラがTTL方式の露出計を組み込んだ最初のカメラと言われている。もっとも露出計組み込み式のカメラはニコンFが発売された昭和三十五年に発表された旭光学のアサヒペンタックス・スポットマチックがある。

 方式から言えばトプコンの方が、ニコマートと同じレンズの開放で測光する方式をとっていた。カメラ業界では、TTL化とAE化が課題であった。しかしプロのカメラマンたちはこの問題に遅れていた。本当は大変に必要なことであったのだが、あえて無関心を装っていいるようなところがあった。

 トプコンREスーパーが発売になったときも私たちの仲間でもこのカメラに感心をもつものはいなかった。ほとんどがアマチュア用カメラという認識であった。これはニコマートが発売になったときも変わらず、はじめはアマチュア用と言う感覚でこのカメラを見ていた。

 だから取材の現場で会うほかの雑誌のカメラマンも、私たちがニコマートを肩から下げているのを見て、なんでそんなカメラを使っているの、みたいなところがあった。しかし私たちがこれは露出計としてすばらしいと説明すると、これがだんだんに流行していったようだ。