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吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

アクセサリー・フィルター
 ときどきカメラ量販店にいって写真用品のカタログをもらってくる。このカタログはそれぞれの時代の撮影用のいろいろな写真用品がならべられていて、カメラのカタログを眺めているのとはまた違った楽しみがある。

 昔のカタログは写真用品=カメラアクセサリーの感じであった。アクセサリーという言葉には婦人用のあまり必要でない安物装飾品の意味があって、ネセサリー(必要品)ではなくてアンネセサリー(不必要なもの)という意味合いが強かった。

 写真に必要なのはカメラであり、レンズであり、フィルムである。三脚について言えば三脚はもともとはカメラと一体であったから装飾的付属品ではなく必需品であった。写真用品のカタログを見るとフィルター、三脚、雲台、カメラバック、撮影用アクセサリー、そうしてコンバージョンレンズなどが上げられている。

 昔は写真を始めてしばらく経つと、カメラやレンズ、フィルムにむいていた気持ちがひろがって、アクセサリーに目を向ける人が多かった。その第1がフィルターであった。フィルターを使うといい写真が撮れそうな気になって、やたらといろいろなフィルターを買うことになる。

 昔、写真学校の副校長をしていた小久保善吉さんは生前、写真学校の学生に教えて撮影用アクセサリーなどというものは不必要品だと言って、教室に新しい写真用品を持ち込んでくる学生に「そんな役にも立たない不必要なものを買うな」とたしなめていた。

 学校では1学期にモノクロフィルム用フィルターを勉強する授業があった。この授業はフィルムの可視光線、不可視光線に対する感光性能がフィルターを使うことによって、理解できるので必要な授業なのだが、小久保さんは画像が変わるセンターイメージフィルターとか、クロスフィルター、ミラージュなどを使うことを嫌って、学生にモノクロ写真では赤かオレンジのフィルターだけを使うことを厳しく教えていた。

 フィルターは本来は人間が肉眼で見た感じに写真を写すための道具であって、肉眼で見る感じと異なる特殊な表現結果をもたらすフィルターは不必要なものかもしれない。1960年代1970年代、ドキュメント系のプロ写真家たちの多くはノーフィルター主義を唱える人が多かった。

 なかにはレンズ保護用のスカイライトフィルターやプロテクターフィルターをつけることさえ嫌って、質の悪いガラスを使い、せっかくのレンズ解像力を悪くするフィルターは一切使わないなどと言う写真家もいて、これが結構かっこうよく思われていた。

 カラーフィルムの時代になって色温度変換用フィルターや色補正フィルターは写真を目で見た感じの色感にするためにはぜひとも必要であったから、プロ写真家たちは色温度補正用のLB(ライトバランシング・フィルター)と色補正用のCC(カラーコンベンセンテング)フィルターをコダックのゼラチンフィルターで1セット持っているのが普通であった。

 それでさえ、カラー印刷にカメラマンたちが慣れてきて、実際に印刷工場の現場の人たちと交渉することが多くなると、製版の仕組みがわかってきて、フィルターで補正できることは印刷のとき製版でどうにでもなるなどと言いだし、フィルターを使わない写真家が出てきた。

 コマーシャル写真を撮影していたカメラマンたちも、その辺の事情はだんだん解ってきていたが、クライアント(広告の依頼主)にはきれいに写っているフィルムを見せなければいけない。そのためにフィルターを使うというカメラマンが多かった。

 それがデジタル写真の時代になってくると、フィルターなどほとんど必要が無くなってきているのがよくわかる。カメラ自体にホワイトバランス機構が組み込まれているし。RAWデータで撮影してあれば撮影後、PC上で自由に調整できるのだから、フィルターの使用などをとやかく言う人がいないのは当たり前だろう。

 5月はじめのことだが、自宅で開いている写真勉強会のメンバー数人が会が終わった後、残っていたのでフィルターのことを話題にして意見を聞いてみた。フィルターは必要か、特にデジタル写真では撮影時にフィルターがいるかどうかについてである。カラー用のLBフィルターCCフィルターについては必要が無いのは分かり切っているが、特殊効果を上げるために使われるフィルターについては、意見が分かれた。

 たとえば光源を十字形ににじませるクロスフィルターについては、最近はテレビの報道番組でも都会の夜の風景を写すときに、やたらとクロスフィルターを使っているので、誰もがあれが普通の夜の光源の描写だと思いこんでいるから、それに媚びるわけではないが、使ったほうがいいのではと意見が出た。

 クロス効果は写真ソフトでも出来るが、はじめから光源の十字効果が良いと考えるならばフィルターを使った方が良いのではないか、しかしあの効果を嫌う人も多く、好みの問題でどうしても使わなければと言うほどのことはないということになった。

 話はいろいろな特殊フィルターにおよんだが、デジタルカメラで、必要と思われるフィルターは、PLフィルターとNDフィルターではないかと言うことになった。PL(偏光)フィルターは光の表面反射を取り除き、青空を暗く落とす効果がある。

 アマチュア写真家で風景写真を撮影している人たちは、銀塩写真の時代からPLフィルターを常用している人が多い。これは風景写真を教える先生方がやたらとPLフィルター使用を勧めたからだ。

 撮影後に画像調整ソフトでトーンカーブを動かすことで偏光フィルターに近い効果を上げることが出来るが、あの反射が押さえられた表現が好きだという人は使えばいいのじゃないか、みたいなことになった。

 NDフィルターについては、最近はハーフのNDフィルターが使用されるようになって、水面に映る虚像と地上の実像の露出の違いを大変にうまく処理してくれるようになった。あれを使うとこういう風景での露出の苦労がウソのようだと意見が出た。

 筆者も数年前にケンコーで扱っている米国製?LEE(リー)のハーフNDフィルターを買って使っている。ケンコーでもNDハーフを発売しているが四角サイズの面積が大きいもので100×120ミリしかない。LEE製は角サイズの面積が100×150ミリあるので、かなり口径の大きいレンズもカバーするし、画面構成で水面と地上が上下に大きくズレても、また多少斜めになっても間に合う。

 参考に掲載した作例写真2点を見ていただくとよくわかるが、(1-1)の水面に映る紅葉などは虚像であっても比較的よく感じるが、それでも水面の虚像に露出を合わせると地上の実像部分は絞りで1.5倍くらいオーバーになって目で見た感じとは大分違ってくる。
 (1-1)がハーフNDフィルターを使って露出を補正した撮影で、(1-2)は水面の反射虚像に露出を合わせて撮影、地上部分実像の紅葉がオーバーに写っている。

 (2-1)の雪景でも、地上の雪原か水面の虚像か、どちらに露出を合わせるか悩むところである。中間をとった露出をするのが普通なのだが、これで写真ができあがってみると、どっちつかずのつまらない表現になってしまうことが多い。
 (2-1)はハーフNDフィルターで調整して露出した写真(2-2)は地上部分に露出を合わせて撮影したもので水面に映る虚像部分は完全なアンダー露出になっている。ハーフNDは思った以上に有効であることがわかる。

 NDフィルターはハーフNDに限らず、日中、水の流れなどでスローシャッターを切りたいときに必要で、このフィルターは銀塩写真、デジタル写真に限らず有用である。筆者がはじめてNDフィルターをつかったのは昭和38年7月北海道で皆既日食が見られたときであった。あのときはたしかND400かND800のフィルターで露出倍数は400倍800倍であった。絞り値で9絞りから18絞りも光量を押さえることが出来た。