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吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

グラフレックス・Graflex
 物置にしまい込んであったグラフレックスを20年ぶりに取り出した。前号で紹介した「グラフィック&グラフレックス」を読んだからだ。グラフレックスは、黒い皮張りで手触りがよい。見た目は大きくずっしりしているが、手に取ってみると意外に軽い。黒皮張りのボディの中身は木だ。

 戦前の大型カメラは木製のものが多い。このカメラはマホガニー製である。最近はマホガニーという言葉をあまり聞かないが、木目がきれいなので高級家具材として使われている。高値で取引されたため伐採がすすみ、現在ではワシントン条約で伐採が規制されているそうだ。西インド諸島とアメリカ南東部の原産で材質が緻密で堅く加工しやすい。しかも狂いが来ないのでカメラ材として盛んに使われた。

 グラフレックスの大きさだ。グラフレックスはレンズ繰り出し部分を引っ込め、ピントフードを畳み込んでしまうと四角な箱である。箱の大きさ(寸法)を測ってみると、幅が175ミリ、高さが210ミリそうして奥行きが225ミリの長方形箱型である。

 2枚の写真を見ていただくとよくわかのだが、レンズの繰り出し部分(蛇腹)を一杯に伸ばすと奥行きは350ミリになる。また折り畳み式ピントフードを引き伸ばすと高さは420ミリにもなる。これは相当な大きさだ。しかしこのカメラを抱えてみると革張りのボディが手になじんで安定感がある。

 このカメラを手に入れた直後は嬉しくて、休みごとにこ撮影に出かけた。ファインダーをのぞきながら手で支え、シャッタを切ってみると、しっかりと写真を撮りましたという感じがして楽しかった。この安定感から手持ちで充分撮影できると思い、実際にフィルムをセットして撮影してみるとブレが目立つた。

 「グラフィック&グラフレックス」には、グラフレックスを手持ちで撮影することをすすめているようだ.。いかにカメラを保持するかを説明したり、またスタジオでグラフレックスを手持ちで構えて人物撮影をしている写真が出ているのだが、これは私には無理だった。地べたにカメラを置いたり、ベンチや木の株を撮影台にしなければ、かなり速いシャッターを切ってもブレて駄目だった。

 慣れれば手持ち撮影も可能なのだろうが、私の場合は慣れるところまで使いこなすことが出来なかった。だから撮影のときには三脚の脚を伸ばさずグラフレックスを取り付け、低い位置でしゃがみ込んでファインダーをのぞいて撮ることが多かった。

 ファインダーののぞき口は焦点板(ピントグラス)からかなり離れているが、これが絶妙な位置にあって両眼で見るようになっていた。眼鏡をかけていてもはっきりとして見やすかった。ファインダーで見える像は2眼レフと同じように左右逆像だが、ファインダーは両眼をしっかりとカバーしているので、不便を感じたことはなかった。

 一眼レフといってもニコンFやキャノンEOSのような35ミリ一眼レフとは違って、ファインダーをのぞいてシャッターボタンを押せば写るというような単純な仕掛けではなかった。一眼レフカメラの原型ともいえるグラフレックスは機能を果たすためいろいろな仕掛けが凝らされていた。

 このグラフレックスの正面金属板を診ると登録商標、Super D GRAFLEXと書いてあって、その下にfor Automatic Diaphragmingと記されている。当時としては最新の機構を取り込んでいるのだ。

 現在の一眼レフカメラはオート機構が一杯でオートでないところが見あたらないくらいだが、一眼レフの原型ともいえるこのカメラのオートは、絞り機構のオートだ。このカメラには標準レンズとしてコダック・エクターf5.6・190ミリが付いている。レンズの絞りはf32、撮影時、絞りをセットして指をレバーにかければレンズ絞りは開放、指をはなすとバネ仕掛けで絞りはセットしたところに設定される。

 この絞りオート機構が付いていることで、シャッターを切るたびに一々カメラの正面から絞りをのぞき込む必要なくなり、ファインダーを見ながら絞りがセットできることになった。

 シャッタースピードは30分の1秒から1000分の1秒まで8段階付いている。シャッターはゴム引き布膜のフォーカルブレーンだ。シャッター膜の幅は4×5インチ判のヨコ画面をカバーしなければならないから120ミリ以上ある。

 このカメラのフォーカルブレーンシャッターは1907年にグラフレックスのフォルマーが特許をとった1枚のシャッター膜に幅の違うスリットをあける方式で、シャッタースピードは、スリットの幅を4段階のシングルカーテンである。

 さらにシャッター膜を動かすスピードを2段階に変えてこれで1000分の1秒から8段階のスピードで撮影する事が出来る。ゴム引きの布製シャッター膜の長さは500ミリ以上の長さがある。

 カメラを点検して驚くのは製造後60年経っているこのカメラは健在で、どの部分も滞りなく動く、ゴム引きの布製シャッター膜にもなんの不具合もない。

 撮影の手順を書いてみるとつぎのようになる。
○露出を決定する。
○シャッターを巻き上げセットする。ボディ後方右上についている。
○シャッターセット・レバーの下にあるミラー・セット・レバーで跳ね上がっているミラーをおろす。
○絞りを開けて焦点を合わせる。その前にフィルムをセットしておかなければいけない。
○ピントをボディ右下のノブを動かして合わせる。いよいよ撮影だ。
○左手親指でシャッターボタンを押してシャッターを切る。このシャッターボタンはミラーの跳ね上げとシャッターを同時に動かす。

 シャッターを切るまでにこの手順をふまなければいけない。現在の35ミリ一眼レフカメラではこの全部がオートで瞬間的に全部の手順が出来てしまうが、昔の一眼レフカメラは操作が大変だ。絞りのオートプリセット機構のような単純な機構でもカメラ名のプレートにれいれいしく書き込むほどの大事だったのだろう。

 一眼レフカメラの良い点はピントを合わせながらシャッターを切ることが出来ることだ。ファインダーが正確だから、フィルム画面一杯に対象を写すことが出来た。しかも縦画面、横画面の切り替えはフィルム面のレボルビング機構でフィルムをセットしたままで簡単に替えることがにできた。

 筆者が手に入れたこのグラフレックス・カメラには標準レンズとは別に長焦点レンズが付いていた。WOLLENSAK・15inch・F/5.6RAPTAR・TELEPHOTE・LENZ(ウオーレンサック15インチF/5.6 ラプター・テレフォート)レンズだ。

 ウオーレンサックは戦前から昭和20年代まで小型カメラ用を含めて有名レンズメーカーで、写真部の備品に35ミリカメラ用10インチ望遠レンズがあって、このレンズは今のレンズと比較したらお粗末な解像力であったが、ほかに望遠レンズがなかったから随分使った。

 15インチは、ほぼ370ミリだから、35ミリカメラで100ミリレンズを付けた感じだ。買ってから何回かテスト撮影をしたが、被写界深度が浅く、絞りをかなり絞り、ピントを合わせながら撮っているのにピントがなかなか合わず、難しかった。それでも、このレンズで女性ポートレートを撮って、うまく焦点が合うと軟焦点レンズを使った味わいがあった。(つづく)

写真説明
(1)グラフレックス 持ち運ぶときは小さな長方形の箱形になる。
(2)グラフレックス 撮影時はレンズを繰り出し、ファインダーのピントフードを伸ばすとかなりの大きさになる。
(3)「グラフィック&グラフレックス」は撮影時に手持ち撮影をすすめているようだ。
(4)スタジオ撮影でも手持ちをすすめている。グラフレックスはハンドカメラと宣伝しているのだろう。