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吉江雅祥
(元朝日新聞写真出版部長)

ライカのこと
 エルマリットM F2.8 28ミリレンズの外形はそれ以前のライカレンズ、たとえばズミルックスM F1.4/50ミリレンズなどと比べてみると、デザインがシンプルと言うよりも単純で荘重な感じがしない。

 発売は1965年でこのレンズの後、発売になったレンズはデザイン的に似通っている。1980年に発売されたズミクロンM F2/90ミリレンズも感じが似ている。

 このレンズの外観についてはライカ好きの人の間でも好き嫌いが激しくて、ライカのデザインはM3までだと口癖のように言っている友人などは、このカナダ製のレンズのデザインなどライカらしくないときらっている。

 このライカマニアの友人は、ライカについて何かを書くのならば、少しでも間違ったことを書くとライカ愛好家は世の中にたくさんいて、みんな大変にうるさいから気をつけなさいと親切に忠告してくれる。前々回ズミルックス50ミリをズミクロンと間違えて書いたことでも、ライカのレンズはF2はズミクロン、F1.4はズミルックス、F2.8はエルマリットと決まっているのに、それを間違えるとはライカを語る資格など無いとおっしゃる。

 ライカマニアの人たちのホームページをいくつか見た。自分が愛蔵しているライカの写真をたくさんならべ、ほとんどがボディ、レンズの製造ナンバーを明記して、試用記や、文献による比較、そうしてその器材についての蘊蓄を傾けているのが多い。

 しかし、そのライカでどんな写真を撮ったかについては、あまり書かれていない。こんなことを書くと手痛い反撃を食うよと多分友人は言うだろうが、この連載を読んでくださる方はライカ狂だけではないと思って、いささか独断的な意見を書くことにする。

 ライカで長焦点レンズ、望遠レンズを使うのは無理だ。ライカをいままで使って、50ミリレンズ以上の焦点距離のレンズをほとんど使ったことがない。理由はレンジファインダーカメラでは50ミリ以上のレンズを使用しても正確なピント(焦点)が得られないからだ。ほとんどのライカの愛好者もそのことは知っているから、長焦点のレンズは使用しない。

 現在小生が持っている長焦点レンズにズミクロンM F2/90ミリレンズがある。20年前に買ったレンズだ。このレンズを買った直後、知り合いの子供のピアノ発表会があった。たのまれて写真を撮りにいった。ライカはシャッター音が小さいからと思って、M4にこの90ミリレンズをつけて撮影した。

 暗い会場だったので、レンズ開放のF2とF2.8とで撮影した。落ち着いてピントを合わせたはずなのに現像してみると、しっかり焦点が合っている写真はフィルム1本36枚に3.4枚という惨状だった。レンズがアマイというのではない。ピントが合っている写真は開放F2の撮影でも素晴らしい描写だった。

 そのあとM5につけてテストをしてみたが、やはりピントはなかなか合わない。日中屋外で絞りF11くらいまで絞って撮影すると被写界深度のせいで焦点が合ったように見えるが、絞りを開けるとおかしなピントになる。

 これは一眼レフカメラが出てきたころ、手持ちの長焦点、望遠レンズを一眼レフカメラに付けて、そのレンズの鮮鋭な描写に驚いた経験からいえば当然の結果であった。

 だからライカに長焦点レンズをつけて仕事をしているなどと言う人は、あまり使いもせずにいい加減なことを言っているか、よほど厳しい訓練をしてレンジファインダーによる望遠レンズ撮影技術を磨き上げた人しかいないと思っている。

 長焦点あるいは望遠レンズは一眼レフカメラの方がピント合わせははるかに易しい。

 話は変わるが、ライカ大好きの友人がこういうCDブックがあるのを知っているかいと、1996年に発売された田中長徳さん監修のCD−ROM『ライカ大図鑑』をわざわざ届けてくれた。小生がライカのことでいい加減な事を書くのを心配して、ライカのことを書くのならあまり恥をかかないようにという親切心からだろう。

 アスキーから10年前に出版された『ライカ大図鑑』である。こんなCD−ROMが在ることは知らなかった。いかにも好事家向きCDで、第一の目玉はカメラボディとレンズのカタログだ。カメラボディは1913年のウルライカ(Ur−Leica)、1923年のモデル0から1984年のM6まで、レンズは1925年のエルマーF3.5/50ミリから1980年代のズミルックスF1.4/75ミリ、エルマリートの21ミリが面白い解説つきで写真が載っている。

 これは見ているだけで楽しいカタログだ、スクリュウマウントライカはウルライカからIIIgまで22台、M型はM3からM7まで32台、希少価値ライカ(KE−7Aなど軍用ライカ)13台、コピーライカは中国製紅旗やキヤノン、レオタックス、ニッカ、ニコンそうしてロシア製コピーライカなど40台が載っている。

 3時間かけてカタログを楽しんだ。田中長徳さんの解説だろう。これを丹念に読むと知っているつもりで知らなかったことがたくさん書いてある。黒塗ペイントM3のことでも、フランスの写真家アンリ・カルテ・ブレッソンの依頼によって作られたという伝説があるが、ライカはDIII時代、ブラックペイントが普通だったからブレッソン伝説は作られたものだろう。などという話が書いてある。

 カタログだけではない。モルフ(MORPH)という項目ではライカの形態がウルライカからM6まで超高速撮影で変化していく様子を表現している仕掛けも面白い。またライカの分解手順や工具まで載っている。

 ライカ・ワークショップという項目の中にも、お遊びが盛られている。ドレスアップという仕掛けには、ライカのIIIgとM4の外形金属部分とボディのテクスチャーを女の子が着せ替え人形で遊ぶように、引き替え取り替え化粧直しをし色彩を変化させて遊ぶなどはライカフアンならばたまらないところなのだろう。このCDに足りないのは、ライカの付属品(アクセサリー)たとえば、ビューファインダーや露出計、接写装置にふれていないことだ。

 友人にライカフアンというのはこんなお遊びが楽しいのか。と聞いてみたら、あれはちょっと特殊だ。買った当座しばらく楽しんだがその後見ていない。ライカ愛好家はライカと名前がついていると何でも興味をもって買ってしまうが、そのときだけの楽しみで、結局、自分のライカに触っていることが一番の楽しみなのだそうだ。

 ライカ狂いという人はライカで写真を撮るよりは、カメラを蒐集することに喜びを感じている人のほうが多いようだ。小生は撮影に使うカメラしか買わない主義だから、カメラ蒐集家の心理はどうもわからない。

写真説明
(1)左はズミクロンM F2/90ミリレンズ。右はエルマリット F2.8/28ミリレンズ。
(2)アスキー発行の田中長徳監修「ライカ大図鑑」のCD−ROM。定価は9.800円。1996年10月発行と奥付にある。