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Special

Youko KINOSHITA



それぞれの、もうひとつの家




両親の引っ越しにともない、新しいふたつの家ができた。
ひとつは、これから自分が住む家。
ひとつは、かつて祖父母が暮らし、これから両親が住む家。

自分だけの家。
兄と同じものが欲しくて、ねだった学習机。
小学生の頃、借りたままわざと返さなかった本。
祖父母の家からもらってきたオレンジ色の目覚まし時計。
前の住人が置いていった食卓。
以前からのもの、新しいもの。

両親の家。
一緒に住んでいた家で使っていた青いカーテン。
従兄弟が関西なまりで読んでくれた世界文学全集。
祖父母の写真が飾られた仏壇。
一時、住んでいた叔父が置いていった冷蔵庫。
懐かしいものと、見知らぬもの。

どちらの家も、少し、落ち着いて、少し、ぎこちない。
厳密にいえば、どちらも“家”とは呼べないのかもしれない。
私がいる所。両親がいる所。
人がいる空間。
そこにある空気、そこにある光。
それを手がかりに、距離をうめる。