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 第16回ハワイ国際映画祭レポート  石坂健治

 ハワイ国際映画祭に招かれ、審査員をつとめた(グランプリはイ・ミンヨン監督「熱い屋根」(韓国))。16回目を迎えたこの映画祭は、移民の土地ハワイらしく、アジア太平洋地域の映画を集め、「異文化間の交通」をキャッチフレーズに掲げるコンペティション映画祭である。わが国にありがちな「○○はアジアの中心」といった大東亜共栄圏的な発想とは異なり、ひと昔前に、流行ったコトバでいえば、「リゾーム」状の網の目の一つの結節点がハワイ、という感じなのだ。80年代のフランス思想で頻出した単語だが、今回はじめてこのコトバを具体化・肉体化できた気がした。日本のように、自分らは動かずに安定しているくせに、外からどう見られているかを神経症的に気にし、アジアの文物を一方的に持ってきて「交流」というのではない。様々な移民が層を成して築き上げたハワイ社会において、各々のルーツを探り、同時に現在のハワイ社会のアイデンティティーを探ること一一それがハワイ映画祭の「交通」なのである。
 もう一点、感心したのがボランティア・スタッフのシステムである。これはハワイ的というよりアメリカ的というべきなのだろう、とにかく何百人というものすごい数のボランティアが、映画祭スタッフとしてさまざまな局面で活躍しているのだ。車がなければ身動きがとれない場所ゆえ、我々審査員は特に毎日の移動でお世話になったのだが、筆者の父母の世代の人たちがこうした仕事を担当しているのである。ボランティアの中には有名な作家や音楽家、それに政治家もいるそうで、しかし期間中は映画祭スタッフの一員である。面白かったのは、審査員アテンド係の面々も、みな口角泡を飛ばして映画議論を繰り広げるのだ。審査員と一緒だろうが関係ない。根っからの映画好きなのである。ところが、公式の審査会議の時間になると、彼らはさっさと退席して審査員だけの「厳粛」な場に早変わり。この辺りが素晴らしいと思った。ボランティアは映画祭関連の仕事を受け持つが、同時にボランティア用の上映会やパーティーが用意され、憧れの監督や俳優といったゲストとの距離も近くなる。日本ではどうしてもボランティアに「善意と義務」のイメージが付きまとうが、ここでは要するにボランティアする側、される側の双方が対等かつ実に気分良く働いているのである。アルバイトに頼る自らの映画祭を省みるにつけ、目から鱗が落ちる思いだった。映画祭ディレクターのクリスチャン・ゲインズ(30歳!)によれば、「いかに多くのスポンサーを捕まえるかと、いかに能率的にボランティアを組織するかがディレクターの手腕の見せ所」だそうだ。
 このゲインズ氏、昨年まではロバート・レッドフォードが主催するサンダンス映画祭のスタッフだった人で、今年からハワイのディレクターに抜擢されたキレ者。優秀な若手をトップにドンと据えるところも実にアメリカ的である。日本ではなかなかこうはいかない。また、開会式や閉会式でスポンサーの社長や土地の実力者がスピーチをするのだが、これが機知に富んだ短いスピーチばかり! 年輩の彼らがゲインズ青年と並んで「あとは若い者に任せたぜ。皆の衆、ハワイ映画祭を今後ともよろしく」と喋るさまは、若いガンマンのリッキー・ネルソンを優しく見つめ。「リオ・ブラボー」のジョン・ウェインといった印象で、実に格好いいのである。
 統計的には年間7割が晴天というハワイだが、筆者が滞在した11月7から17日は17年振りの異常気象とかで、10目のうち9日が暴風豪雨と散々な天気だった。映画を見に行ったから良かったものの、泳ぎに来た観光客は運が悪いとしかいいようがない。帰りの空港にいた日本人たちの機嫌の悪かったこと一一。

(注)今年のハワイ映画祭については、以下の拙稿も参照されたい。
●「連載:アジア映画の向こう側7 ハワイ国際映画祭(運営について)」、「フィルム・ネットワーク」第7号、1997年1月(予定)
●「ハワイ国際映画祭レポート(作品について)」、「映画新聞」135号、1997年1月(予定)