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 アジア映画の基本 2  石坂健治

 前回は映画館の入場料にふれた。各国の経済発展の進度にある程度比例していること、それにしても日本が異常に高いことがお判りいただけたと思う。さて次の「基本」は年間製作本数である。各国からの報告を継続的に記録しているのがユネスコの発行している「ユネスコ文化統計年鑑」(日本語版は原書房より刊行)。台湾やモンゴルといった映画生産国が生欠けていたりするが、おおむね信頼に足るデータといえよう。「不明」というのは、現地の側が報告をさぼった可能性もある。また、「バラエティ」誌が発行している年鑑「インターナショナル・フィルム・ガイド」(英語版のみ)には各国の映画事情が文章で報告されている。これらのデータに筆者のデータを追加したのが別表である。ここ10年ほどの推移についても見てみよう。
 まず、製作数が急激に減っている国が目につく。デレビ、ビデオ、マルチメディアの急速な発達が影響しているのではないか?と考えたくなるが、インドネシアなどは全くその通りである。ジャカルタの高級住宅地を歩いていると、巨大なパルボラアンテナが林立している風景に出くわす。ウルトラ警備隊の基地のレーダーである。筆者の知人によれば、インドネシアのハイブロウな階層にとって、ハイブロウな「映像」の楽しみ方のランクは次の順序になるそうなのだ。
  1. 衛星放送
  2. ビデオでアメリカ映画
  3. 映画館でアメリカ映画
  4. 地上波テレビ
  5. 映画館でロ−カル映画
 新しいテレビ局が毎年のように次々とオープンし、映画館も差別化されていて、アメリカ映画は高級館でロングラン、ロ−カル映画はボロ小屋で2、3日上映して終わり、と相場か決まっている。これでは国産映画産業の育成もあったものではない。同種の洪水を被っている国は少なくない。
 他方、インドやフィリピンなどの英語圏(=アメリカ映画にとって美味しいマーケットであることを意味する)は、にもかかわらずローカル映画産業が元気である。フィリピンは今世紀前半アメリカに支配された。映画製作においても、プロデューサー主導、マーケット・リサーチ、スタジオ・システム、スター・システムといったアメリカン・スタイルがこの時期に定着した。それが現在、逆に映画産業の強みになっているのである。きら星のごときスター群像はまさに「アジアのハリウッド」。アクション映画やコメディー映画のかかっている映画館の活気は大変なものがある。マニラの映画館街を歩いていると、友人か「あっ、ランナーだ!」というのでマラソンでもやっているのかと思ったら、フィルムを肩に担いだ若い衆がA館とB館を往復している。同じ映画を2館で、30分ほどズラして上映しているのだ。映画館は両方とも超満員で外に人が溢れているのが見える。「ランナー」とはこの担ぎ屋の兄ちゃんのこと。するとC館とD館を行き来する別のランナーがまた登場。二人は擦れ違いざまに手と手をタッチ。知り合いなのかもしれないが、ちゃんと「映画」に参加し、満員の映画館に貢献しているプライドが感じられて、しかも実に楽しそうなのだ。
 中国もコンスタントに製作を続けており、社会主義国のなかではきちんとデータ報告がなされている。20箇所にのぽる撮影所を全国に抱えていることを考えると、一つの撮影所が毎年7〜8本ずつ製作している計算になる。国家による計画的な産業育成・維持政策が背後にあるのだろう。ただし開放経済のいま、国家補助が減り、国外資本の参入による合作が増えているので、数字が変わっていくかもしれない。
 日本は数字の上ではインドに次ぐアジアの映画大国だが、「一般映画」は70〜80本と少なく、それ以外はいわゆるピンク映画ある。
 そして何といっても別格のインド。年間838本! このとんでもない数字については次回詳しく検証したい。

アジア各国の映画製作本数
1985年1990年1993年
インド912948838
日本319239238
香港130247154
タイ134194150程度
中国127134154
フィリピン139142150程度
パキスタン928488
バングラデシュ6577不明
韓国8111063
スリランカ15不明58
イラン426150
トルコ9612740程度
インドネシア6311227
ミャンマー85不明不明
ベトナム16不明不明
北朝鮮37不明不明
マレーシア11412