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 アジア映画の基本 1  石坂健治

 ある地方の国立大学でアジア映画を講じた時のこと。「何でもいいから、これまで見たことのあるアジア映画を挙げなさい」と言って、最前列の女学生を指したら、『悲情城市』という声が返ってきた。おっ、最初から芸術の香り高いじゃないの、と思って次々に当てていくと、『 林街少年殺人事件』『恋する惑星』『さらば、わが愛/覇王別姫』『風の丘を越えて/西便制』が出て、あとは沈黙。ははあ、ひょっとすると……と思い当たるフシがあったので、「どうしたのキミたち、はい、ブルース・リー見たことある人?」と聞き直すと、ほとんど全員が挙手。「ジャッキー・チェン見たことある人?」一一これもほぼ全員。そう、「アジア製芸術映画」が抑圧になってしまったのである。香港のクンフー・アクションなんか挙げたら恥ずかしいんじゃないか、とみんな思ってしまったわけ。ここに日本のアジア映画受容の現在形が顔をのぞかせているように思う。
 アジア映画を見る機会は確実に増えている。特に「ヨーロッパの映画祭で受賞した中華圏の映画」は、いまやお洒落な単館ロードショーの定番だ。陳凱歌、張藝謀、侯孝賢、楊徳昌、許鞍華、林權澤、李長鎬、……といった監督たちが「作家」として認知され、評論家は「アジア映画の活況」を強調する。そういう面もあるだろう。アジア各国で生産される夥しい数の映画のことをわれわれは少し前まで何ひとつ知らなかったのだから、固有名詞があがるようになったこと自体、ひとまず進歩といえる。だが、状況はそう単純ではない。ヨーロッパ経由で紹介される作家と作品だけがアジア映画ではないのだ。
 筆者は外務省所轄の特殊法人である国際交流基金アジアセンターに勤めており、商業ベースに乗らないアジア映画を日本に輪入して映画祭を組織する仕事をしている。そうした仕事柄、各国を旅して映画を見る機会が多く、また町の映画館に入るのが何より好きなので、自然と各地の「ローカル映画」に触れることになる。目と足を駆使してアジアの映画事情をレポートする所存ですので、どうぞよろしく。
 さて、まずは映画の基本。基本といえば映画館。映画館といえば入場料である。アジア各地の入場料を高い順に列挙してみよう(日本円に換算。参考資料=松岡環「アジアの映画館へ行こう」、『映画館へ行こう!』第9号、1995年3月)。松岡さんのデータと筆者の記録を足したのが次の表である。1993〜94年の数字で、同時にチェックしたものではないが、それほど極端に変動するとは思えないので、概ね信頼に足るデータだろう。席に等級がある場合は高い料金を採った。貨幣価値が異なるにしても、ある程度、その国の経済成長の進度と相関関係にあるのがよく分かる。それにしても、日本の高さは何なんだ! 誰が儲けてるんだ! ちなみに、アメリカは6ドル位のはず。(以下次号)

アジア各国の映画館入場料
入場料
日本1800円
台湾820円
韓国820円
香港620円
マカオ420円
シンガポール400円
マレーシア250円
タイ250円
インドネシア150円
中国130円
フィリピン80円
インド70円
ベトナム50円
モンゴル50円